【蕎麦】 南千住砂場 三ノ輪

東京都荒川区南千住 1-27-6
tel 03-3891-5408

都電三ノ輪駅から商店街ジョイフル三ノ輪を西側に歩いて3分ほどのところにある蕎麦の老舗です。

今日は「大もり」をいただきました。
もりが630円、大もりが780円ですから価格はリーズナブルです。
そばは中細、腰は弱いです。
汁は甘口です。両者とも正直普通レベルです。
量は多めなのはうれしいです。

店前は老舗らしい趣があります。1954年の建築でなんと荒川区の文化財指定です。
店内はあれこれ言うのはやめましょう、テレビ流しっぱなしのいわゆる食堂です。

接客も食堂の乗りです。
ただし、そば湯は蕎麦粉をひいてお湯で溶かしているそうで、とろりとした湯はそばが良く香ります。

さて、ここからは口上を。
そば屋の三大屋号は「砂場」「藪そば」「更科」ですが、そのうち「砂場」は大阪発祥です。
現大阪府西区新町にある南北筋川の南側は、大坂城築城に際しての資材置き場であり俗に砂場と呼ばれていました。
1757年に出版された『大坂新町細見之図澪標』の記載で、この中に「和泉屋」「津国屋」の2軒の麺店があったとされいます。この2軒について、場所名で呼ぶことが定着し、「砂場」の屋号が生まれたものと考えられています。
しかし、砂場和泉屋も幕末には衰退し、嘉永年間ごろ廃業しています。

江戸への進出時期についても明確な記録はありませんが、1751年に出版された『蕎麦全書』に「薬研堀大和屋大坂砂場そば」の名称が、1781年-1789年に出版された『江戸見物道知辺』に「浅草黒舟町角砂場蕎麦」の名称が、それぞれ見られます。ただし大坂の砂場との関係は厳密には明らかではありません。

江戸末期の1848年に出版された『江戸名物酒飯手引草』には、6軒の「砂場」が紹介されています。
そのうち、江戸時代に記録がある「糀町七丁目砂場藤吉」が明治時代に当地に移転し、南千住砂場となっています。
なお、糀町七丁目砂場藤吉からは、明治2年に室町砂場(旧本石町砂場)・明治5年に虎ノ門砂場(琴平町砂場から昭和52年改名)が分岐しています。
また、東京都港区の虎ノ門にある巴町砂場は江戸時代に記録がある「久保町すなば」が天保10年に移転改名したもので、南千住砂場とともに江戸時代から現在まで系譜が明確な超老舗です。
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by ministopde | 2006-04-15 22:18 | 趣味(蕎麦屋を切る)
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