カテゴリ:一号店(コンビニ系)( 4 )

【一号店シリーズ】 ローソン 大阪・桜塚店

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【一号店シリーズ】 ローソン 大阪・桜塚店
大阪府豊中市南桜塚4-3-36

阪急岡町駅から豊中商店街を抜け15分ほど歩いたところにあるローソン1号店です。
1975年6月14日にオープンしています。当時ローソンの親会社だったダイエーがコンソリデーテッド・フーズ社とコンサルティング契約を締結。ローソンミルク社のノウハウを元に独自のフランチャイズシステムをつくったものです。
画像右下にある創業期のローソンはハムやソーセージといったアメリカ風高級デリカテッセンとして、客のオーダーに応じてその場で作るサンドイッチや輸入食料品が中心の展開でした。
1号店の店舗の外観はそっくりアメリカのものを移し替えたもので、レンガ造りの重厚なアメリカ風な店構えでした。売り場面積は、現在の約2倍の70坪ほどあり、ミニスーパー的な広さでした。

その後、ローソンは長らくダイエーが親会社でしたが、ダイエーの業績悪化に伴い保有株の多数を商社の三菱商事に売却しています。
ローソンは1号店のオープンから、30周年を迎えたことを機に、新業態を含む新たな戦略を発表、健康に配慮した品揃の「ナチュラルローソン」、ロープライスの「STORE100」の2つの店舗業態を加えていますね。
なお缶マークですが、1939年、米国オハイオ州にJ.J.ローソン氏が牛乳販売店を営んでいたことに由来しています。また、ローソンのブランドカラー(青色)は、ローソンミルク社発祥の地であるオハイオの澄み切った空をイメージしています。
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by ministopde | 2007-02-22 21:30 | 一号店(コンビニ系)

【一号店シリーズ】 スリーエフ 横浜

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【一号店シリーズ】 スリーエフ 横浜
横浜市中区日本大通17番地

1979年にオープンしたスリーエフの一号店です。
日本大通りから路地を一本入った、横浜では超一等地にあります。
もともと、富士スーパー(現在の富士シティオ)の事業部としてコンビニエンスストア事業に進出したもので、1981年に コンビニエンス部門を分社し、株式会社スリーエフが設立されています。 富士スーパー神奈川県内ではお馴染みのスーパーマーケットです。

最近の話題は、39歳で新社長になった三井信託銀行出身の中居勝利(なかい・かつとし)氏ですね。菊池瑞穂富士シティオ会長は創業者であり氏の義父でもあります。

中居社長は「他チェーンがフレンドリーサービスを改善する中で、店舗オペレーションの基本が徹底できず優位性が薄れてきた。これが客数減を招いた」と分析。
まず加盟店を指導する立場にあるストアカウンセラーの再教育から始め、加盟店オーナー、店舗パート・バイトの教育研修まで見直しています。
ちなみにスリーエフの名前の由来は、Fresh(新鮮な)、Foods(商品を)、Friendly(気持ちよく買えるお店)の頭文字を採ったものです。
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by ministopde | 2006-08-28 21:47 | 一号店(コンビニ系)

【一号店シリーズ】 am/pm エーエム・ピーエム 日吉店


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【一号店シリーズ】 am/pm エーエム・ピーエム 日吉店
神奈川県横浜市港北区日吉本町1-17-25

1989年 6月にオープンしたam/pmの国内一号店です。
am/pm自体は1990年4月、米国ARCO社(その後BPに吸収)がカリフォルニア州を主体に展開していたam/pmコンビニを、共同石油(株)(現ジャパンエナジー)がパテント購入したものです。米国ARCOは、セルフ直営(FC)で石油会社主導でSS展開しており、元売の意思が末端に通じる魅力を感じたようです。

事業立ち上げの中心人物は秋沢志篤(あきざわゆきあつ)さんでした。秋沢氏は1966年共同石油株式会社に入社。1990年株式会社am/pmジャパン設立に伴い、同社に出向。翌年より代表取締役社長に就任しています。設立から10数年で、店舗数1400、一日あたりの来店客数140万人にまで伸ばしたカリスマ的経営者です。
事業の発端は秋沢氏が1986年に訪米した際に石油会社ARCOが経営し地域で圧倒的なシェアを得ていたエーエム・ピーエムを見て、帰国後レポートを書き、社内で検討が始まったことによります。
当初は、来たるべくセルフ化を見込んで、その際に系列内できわめて重要なSS業態戦略になると判断しましたが、時代はフルサービスの状況で、結局このSSとの複合戦略は失敗しています。

さて、am/pmは立地面ではかつては郊外にはほとんど出店しておらず、採算の見こめる都心部を中心に出店していました。バブルが崩壊して都心に空き物件が出始めた時期にも重ったことも追い風になっています。
秋沢氏によるとセブンイレブンやファミリーマートといった大手が手をつけていないマーケットを狙うしかないと考えたそうです。
つまり先行チェーンは郊外にある個人の小売店舗をターゲットにし、全国の酒屋さんなどを回りながら、システムを売って店舗を増やしていたのに対し、都心のビジネスマンや都市生活者が、お昼をとる場所が少なく大変なことに着目しあえて都心部を狙ったそうです。

当社は合成着色料・保存料・化学調味料を一切使用せず製造した瞬間冷凍食品を、注文に応じて加温・販売する「とれたてキッチン」(旧称「フローズンとれたて弁当」)を1994年に開発、輸送コストの削減や、賞味期限切れで捨てられる大量の廃棄物を低減することにも同時に成功しています。

その後、経常赤字に転落したこともあり2004年8月にレインズインターナショナル(現レックス・ホールディングス)が第三者割当増資により株式の62.6%を取得し、子会社化し、レックスグループの企業に変わっています。
Jエナジーグループのコンビニ・am/pmが、焼肉チェーンの牛角に売却されたわけです。
秋沢氏はしばらく代表取締役会長職でしたが、現在は経営から離れ、特別顧問というポストに就いておられます。

レックス・ホールディングス傘下になってからは、住宅地を中心に新規展開しています。以前取材した女性専用コンビニ『ハピリー』など新業態にもチャレンジしています。
ちなみに九州域内では九州旅客鉄道の子会社であるJR九州リテールや、近畿日本鉄道の子会社であったエーエム・ピーエム・近鉄(現在はカッパ・クリエイト傘下)が提携会社であるため、JR九州・近鉄の駅構内および沿線に店舗が多くなっています。

am/pmの店舗は現在でも概して雑然とした感じがします。もともと畑違いの石油元売の子会社としてスタートしたこともあり、セブンイレブンなどに比べると店舗運営の統一が不十分であったことも影響しているかもしれませんね。
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by ministopde | 2006-08-27 11:40 | 一号店(コンビニ系)

一号店シリーズ 【セブンイレブン】 東京・豊洲

セブンイレブン 豊洲店
江東区豊洲4-6-1
tel 03-3533-2241

モスバーガーに続いて有楽町線でセブンイレブン発祥の地を訪ねました。

1974年5月15日、ここ豊洲でセブンイレブン1号店が開店しました。日本のコンビニ1号店でもあります。
当時24歳だった山本憲司さんや本部スタッフが苦労してオープンしたときの話は「プロジェクトX」にも取り上げられています。
画像になるとウルウルの美談ですが、結構、予期しなかったトラブルも多かったようで、「やってみないとわからない」というビジネスの本質が見えます。

日本酒のオリジナルブランド「やまけん」もあります。従業員の方の対応、活気はさすが1号店だけあります。
開店時はあいにく雨だったようですね、今でこそ人通りの多い豊洲ですが、当時は広大な原っぱという感じでした。
コンビニ一号店は決して立地に恵まれていたわけでなく、趣旨に賛同したのが偶然豊洲のお店だったというのが実情みたいです。
当時
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現在
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by ministopde | 2005-11-05 15:44 | 一号店(コンビニ系)